何故やるのか

映画を見るということは、どこまでいっても孤独な体験です。たとえ誰かと見に行っても、見ている間はスクリーンを見つめることになります。そして、映画を見る前と見た後の変化は身体的な変化だからこそ、他者と共有することは難しい。

では、サブスクやDVDで好きな作品をいつでも見られる現代において、わざわざ決まった時間に集まって複数人で映画を見る行為には意味が無いのでしょうか?

この問いに対して、「意味がある」と声高に叫ぶことは出来ず、反対に「意味が無い」と言い切ることも当然出来ません。何故なら冒頭で述べたように、映画を見ることが孤独で、共有不可能な体験を多く含んだ行為であるからです。

だからこそ、そこに何かしらの意味を見出したい。 意味の無さだっていくらでも見つけられます。しかし、映画学科に入り、映画を志す人間として、意味の無さを見つめて閉じてしまうよりは意味を信じて開かれていたい。そう思って「映画のシューレ」を始めることにしました。シューレはドイツ語で「学校」、古代ギリシャ語で「精神を自由に使う」を意味します。

何をやるのか

映画を一本見て、その映画を見て考えた事を場にいる人たちで話し合い、発展させていきます。 ここでは、事前に知っている事(例えば監督の作家性やその映画の成り立ちの歴史等々)について話すよりも、この場で考えて出てくる言葉に重きを置きたいと考えています。 即興のように言葉を編み出し、それを踏み跡として次の一歩を踏み出していく。そのような知覚の伴った運動である事によって、映画を見るという孤独さが、あくまで孤独のまま明瞭に輝き始めるのではないでしょうか。

備考

2026年前期の活動予定スケジュール

上映作品、教室は決まり次第こちらに書き込んでいきます。

7月14日(火) 教室 : 未定 時間: 18時から

21日(火) 教室 : 未定 時間: 18時から 22日(水) 教室 : 未定 時間: 18時から

28日(火) 教室 : 未定 時間: 18時から 29日(水) 教室 : 未定 時間: 18時から

過去の活動レポート

ジャン=リュック・ゴダール『女は女である』(1961)

ハル・ハートリー『Simple Men』(1992)